一宮市消防音楽隊のあゆみ(抜粋)
明治28年、一宮銀行頭取の佐分慎一郎氏が、外国から楽器を取り寄せ、銀行員を音楽隊員に任命し「一宮音楽会」が誕生しました。演奏活動は、一宮駅等において出兵兵士の歓送会や宮田用水通水式記念演奏などを行いました。
明治37年には、「一宮軍楽会」に改称しました。当時、音楽隊は大変珍しい存在でしたので、名古屋第三師団の招魂祭をはじめ、豊橋・四日市・豊橋・箱根など各地から演奏依頼が殺到しました。しかし、押し寄せる戦争の波には勝てず演奏活動を続けることができなくなり楽器を第四尋常小学校(現在の大志小学校)へ保管していました。
その後、一宮第一青年団が音楽隊を再結成し、昭和9年には消防組がこれを受け継ぎ、全国初の消防音楽隊が誕生しました。
大森喜代三郎氏を中心として音楽隊員を増員し、再び演奏活動を軌道に乗せましたが、太平洋戦争の激化により、またも活動を中止せざるをえなくなりました。
しかし戦後、空襲により市内の大部分が消失した中、市役所に保管していた楽器が生き残ったおかげで、再び練習が開始されました。
昭和36年に消防音楽隊は、一宮商工会議所管弦楽団と合併し、一宮吹奏楽団となりました。
そして、昭和62年に現在の「一宮市消防音楽隊」に改称されました。
現在は隊員38名が、市の行事はもちろん老人施設や小中学校演奏会、各種イベント、パレード等、年間約40回の演奏活動を幅広く実施しています。
昭和55年から毎年市民会館で開催している定期演奏会では、ゲストに著名な歌手や指揮者を招いて一年間の練習の成果を発表しており、芸術の秋の一大イベントになっています。
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